1962年10月。
世界は「指一本」で破滅するところまで行きました。
アメリカとソ連が核兵器を向け合い、
本当に第三次世界大戦が始まる寸前まで緊張が高まった事件——
それがキューバ危機です。
教科書には必ず出てきますが、
- 名前だけ覚えて終わる
- 「危機って何が危なかったの?」
- 「どうして起きたの?」
という部分が曖昧なままになりがちです。
そこで今回もレキシラボのコンセプト、
歴史に、補助線を。
を使い、
- 流れ
- 因果関係
- 構造
- 名前
の4つの補助線で、キューバ危機を整理していきます。
◆ 結論:キューバ危機とは「核戦争直前まで行った米ソの対立」
先に結論をはっきり言います。
キューバ危機とは、アメリカとソ連が核戦争寸前まで対立した出来事である。
ポイントは3つです。
- ソ連がキューバに核ミサイルを配備しようとした
- アメリカがそれを発見し、強く反発した
- 両国とも引くことができず、戦争寸前まで対立した
そして結果的に、
ぎりぎりの交渉で核戦争は回避された
という、冷戦史上最大級の緊張でした。
◆ 補助線①:流れで見るキューバ危機(時系列)
まずは「何が順番に起きたのか」を流れで整理します。
① キューバ革命が起きる
1959年、フィデル=カストロが中心となり、
キューバ革命が成功します。
これにより、
- アメリカと親しい旧政権が倒れ
- 新しい政権がソ連寄りへと傾く
アメリカにしてみれば、
自分のすぐそば(カリブ海の島)が社会主義陣営へ
という非常に大きな衝撃でした。
② アメリカは「屈辱」を味わう
アメリカは新政権を認めず、
- キューバへの経済制裁
- 亡命キューバ人を使った軍事侵攻(ピッグス湾事件)
を試みますが、失敗します。
この失敗は、
- アメリカにとって屈辱
- キューバにとって「アメリカは本気で政権転覆を狙っている」証拠
となりました。
③ ソ連がキューバに核ミサイルを置こうとする
ここで、ソ連の指導者フルシチョフは考えます。
- アメリカはトルコに核ミサイルを置いている
- ならばソ連もキューバに置けば「バランスがとれる」
さらに、
- アメリカの侵攻からキューバを守る
- 核の脅威をアメリカ本土の目の前に突き付ける
という狙いもありました。
こうしてソ連は、
こっそりとキューバに核ミサイル基地を建設
し始めます。
④ アメリカが発見する
1962年10月、アメリカの偵察機U-2が撮影した写真により、
- キューバに核ミサイル基地が建設中
- 完成すればアメリカ主要都市が射程圏
であることが判明します。
当時のアメリカ大統領ケネディは驚愕します。
「本土のすぐ隣に核が向けられている」
という現実は、国民感情的にも絶対に受け入れられませんでした。
⑤ アメリカは「海上封鎖」を決断
ケネディ政権は次の方針を取ります。
- ただちに空爆 → 戦争に発展する可能性が高い
- 交渉だけ → 時間を稼がれて基地が完成する
その中間策として選ばれたのが、
海上封鎖(海上隔離)
でした。
これは、
- キューバに向かうソ連船を海上で止め
- 武器やミサイル関連物資を運び込ませない
という強い措置です。
ソ連側はこれに激しく反発。
ここから13日間の緊張が始まります。
⑥ 世界が固まった「13日間」
10月16日から28日までの約13日間。
本気で世界は固まりました。
- 双方の核ミサイルは発射準備
- 軍は全面戦争体制へ移行
- 政治指導者は誤判断が許されない状況
まさに、
「もし誰かがボタンを押したら終わり」
という状態だったのです。
⑦ そして、ぎりぎりで回避される
そして最終的に
- ソ連 → キューバから核ミサイルを撤去
- アメリカ → キューバへ侵攻しないと約束
- さらにトルコの米ミサイルも事実上撤去
という形で妥結し、危機は収束しました。
◆ 補助線②:因果関係で理解するキューバ危機
次に、「なぜそうなったのか」を矢印でつなぎます。
🔹 なぜソ連はミサイルを置こうとしたのか
理由は複数ありました。
- 核戦力のバランスを取るため
- アメリカの侵攻からキューバを守るため
- 政治的に優位に立ちたかったため
つまり、
単なる挑発ではなく「安全保障と政治計算」の組み合わせ
でした。
🔹 なぜアメリカはそこまで強く反応したのか
理由はとてもシンプルです。
- アメリカ本土が直接射程に入る
- 心理的ショックが極めて大きい
- 国内世論が「絶対に許すな」となる
いわば、
家の玄関に刃物を持った相手が立っている
のに近い感覚です。
🔹 なぜ核戦争寸前まで行ったのか
最大の理由は、
- どちらも「ここで引けば負け」と考えていた
- 互いに本音が読み切れなかった
という点にあります。
さらに冷戦特有の
相手に弱さを見せたくない心理
が緊張を極限まで高めました。
◆ 補助線③:構造で理解するキューバ危機
キューバ危機は、偶然の事件ではありません。
冷戦構造そのものが生み出した必然
でした。
🔹 冷戦の基本構造
- アメリカ陣営(資本主義・民主主義)
- ソ連陣営(社会主義・共産主義)
この二つは互いを
存在そのものが脅威
とみなしていました。
🔹 核抑止と相互確証破壊
冷戦では、
- 相手が核を撃てば
- 自分も撃ち返し
- 両者壊滅
という構造が出来上がっていました。
これを
相互確証破壊(MAD)
といいます。
キューバ危機は、
この理論が現実に試された瞬間
でもありました。
◆ 補助線④:名前で理解する「危機」
なぜ「キューバ“危機”」と呼ばれるのでしょうか。
それは、
- 本当に核戦争が起きる直前まで行った
- 判断を誤れば世界は壊滅していた
という意味が込められているからです。
「危機」という言葉は、
その先に「破滅」がリアルに見えていた
という歴史的評価を表しています。
◆ キューバ危機がもたらしたもの(結果)
キューバ危機は、単なる一事件ではありません。
その後の世界を変える重要な転機でした。
🔹 米ソ間の「ホットライン」設置
ワシントンとモスクワの間に
直接対話用の専用回線
が設置されました。
目的はただ一つ。
誤解や誤判断で核戦争にならないようにするため
です。
🔹 緊張緩和(デタント)への流れ
キューバ危機以降、
- 「核戦争だけは避けなければならない」という認識
- 軍拡競争の危険性
が共通理解となり、
1970年代の**デタント(緊張緩和)**へつながっていきます。
◆ まとめ:補助線で見るとキューバ危機はこう見える
キューバ危機は、
- 流れで見ると
👉 キューバ革命 → 米ソ対立 → ミサイル配備 → 海上封鎖 → 妥結 - 因果関係で見ると
👉 安全保障不安と政治計算の結果 - 構造で見ると
👉 冷戦という二極対立と核抑止の必然 - 名前で見ると
👉 核戦争寸前だった「本物の危機」
として理解できます。
キューバ危機は私たちにこう問いかけます。
指導者の判断一つで、世界はどうにでも転ぶ。
だからこそ歴史を理解しなければならない。
そしていつもの言葉で締めくくります。
歴史に、補助線を。
それがレキシラボの学び方です。
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