※この戦争の背景には「帝国主義」と「ナショナリズム」があります。先に【第12回 帝国主義】を読むと理解が深まります。
第二次世界大戦という言葉から、日本人がまず想起するものは何でしょうか。
原爆、焼け野原、空襲、学徒出陣、玉音放送、敗戦——。
私たちにとって第二次世界大戦は、「国の敗北」と強く結びついた歴史です。
そのためどうしても、
悲惨さ・惨禍・痛み・犠牲
といった側面だけが強調されがちです。
もちろんそれらを忘れてはいけません。しかし同時に、
なぜ、その戦争は起きてしまったのか
を冷静に理解しない限り、歴史としてつながりをつかむことはできません。
レキシラボではそのための合言葉として、
「歴史に、補助線を。」
という学び方を掲げています。
本記事では、第二次世界大戦を
流れ・因果関係・構造・名前
という補助線で整理していきます。
◆ 結論:第二次世界大戦は「第一次世界大戦の続き」だった
結論から言います。
第二次世界大戦は、第一次世界大戦の“続き”でした。
つまり、
・1918年に第一次世界大戦は終わった
・しかし「問題の解決」は終わっていなかった
・むしろ「終わらせ方」が次の大戦の原因になった
という構図です。
第一次世界大戦(1914–1918)の終結から
第二次世界大戦(1939–1945)の勃発までは、
わずか21年
しかありません。
平成の31年間よりも短く、仮に第一次世界大戦の終結時に成人を迎えた人であれば、41歳の壮年を迎えるまでに再度世界大戦が起きたのです。
人々の記憶も、傷も、怒りも、誇りも、ほとんど癒えていないまま——
世界は再び総力戦へ突入しました。
◆ 補助線①:流れで見る(1918 → 1939)
第二次世界大戦の流れは、第一次世界大戦が終わった瞬間から始まっていました。
🔹 ヴェルサイユ条約はなぜドイツに巨額の賠償を課したのか
1919年、ヴェルサイユ条約が結ばれます。
ここで重要なのは、
なぜドイツに巨額の賠償金が発生したのか
という点です。
講和会議では、特にフランスが強硬でした。
フランスは、自国の被害が甚大であったこと、さらに過去の戦争(普仏戦争)への記憶もあり、
「ドイツは罰されるべきだ」
「二度と立ち上がれない程度に弱体化させるべきだ」
という論理が強まりました。
そこで導入されたのが、
・戦争責任をドイツに負わせる条項
・それを根拠にした巨額賠償金
でした。
この条約は、
平和をつくる仕組みというより
不満を蓄積させる装置
になってしまいました。
その屈辱と不満を政治的に利用した人物こそ、ヒトラーでした。
🔹 世界恐慌はなぜ起きたのか
1930年代の世界恐慌は、まずアメリカの株価暴落から始まりました。
背景には、
・大量生産と需要の不均衡
・投機(投資バブル)の膨張
・金本位制による硬直した通貨制度
がありました。
株が暴落すると、
・銀行が破綻
・企業が倒産
・失業者が激増
という悪循環が世界中に広がりました。
🔹 世界恐慌は戦争とどうつながるのか(時系列で見る)
世界恐慌は単なる経済危機ではなく、
政治を極端化させる装置
として働きました。
仕事を失い、明日が見えない人々は、
「強い指導者に何とかしてほしい」
「遅い民主主義より、即断する政治を」
と考えるようになります。
その結果、
・ドイツ → ナチス政権誕生
・イタリア → ファシズム体制の強化
・日本 → 軍部の影響力拡大
世界恐慌は、第二次世界大戦を準備する土壌を作ったのです。
🔹 侵略を止められなかったのはなぜか
1930年代、各国は次の行動を取りました。
・日本 → 満州事変
・イタリア → エチオピア侵略
・ドイツ → 再軍備、ラインラント進駐、オーストリア併合
それにもかかわらず、
国際社会は十分に対処できませんでした。
理由はいくつかあります。
・「もう戦争だけは嫌だ」という心理
・世界恐慌で国内が手一杯だった
・国際連盟に強制力がなかった
・イギリス・フランスが宥和政策を選んだ
特に大きかったのは、
いま軍事的に止めれば、全面戦争になるかもしれない
という恐怖でした。
🔹「危険な学習効果」ー誰が何を学習したのか
この第一次世界大戦が生み出したのが、
侵略しても強く罰せられないなら、さらに進んでよいのではないか
という発想です。
これはまさに、
・ヒトラー政権
・ムッソリーニ政権
・日本の軍部指導層
といった**侵略側の指導者たちが“学習した”**行動様式でした。
この行動様式は、当時の戦争指導者たちの思考背景に影響を与え、その延長線として、戦争拡大が生まれたとも言えます。
◆ 補助線②:因果関係で見る第二次世界大戦
原因をただ並べるだけでは不十分です。
重要なのは、矢印でつなぐことです。
第二次世界大戦の原因としてよく挙げられるのは、
・ヴェルサイユ条約
・世界恐慌
・ファシズムの台頭
・国際連盟の無力化
・各国の侵略
などです。
しかし、これらを羅列しただけでは、
「結局どれが本当の原因なの?」
という疑問が残ります。
そこで重要なのが、
直接原因と背景原因を分けること
です。
🔻 背景原因と直接原因
・背景原因
→ ヴェルサイユ条約
→ 世界恐慌
→ 国際連盟の弱さ
→ 全体主義の台頭
・直接原因
→ ドイツのポーランド侵攻(1939)
🔻 なぜポーランド侵攻が「直接原因」なのか
その理由は、
この出来事によって、実際に宣戦布告が発生したから
です。
イギリスとフランスはポーランドを安全保障上支援していました。
ドイツが侵攻したことで、
・黙認は不可能
・退けば抑止力が崩壊する
と判断し、対独宣戦布告へと踏み切りました。
ここで世界は正式に、
「戦争状態」へと法的に移行
したのです。
それまでの出来事は重要な前兆でした。
しかしポーランド侵攻こそが、
スイッチを押した瞬間
でした。
◆ 補助線③:構造で見る第二次世界大戦
次は、構造です。
構造とは、
誰と誰が、どのような関係で結びついていたのか
を図として理解する見方です。
🔹 二つの陣営
第二次世界大戦は基本的に、
・枢軸国
→ ドイツ
→ イタリア
→ 日本
・連合国
→ イギリス
→ フランス
→ ソ連
→ アメリカ
という対立構造でした。
この構造のため、
・地域の紛争
→ たちまち世界規模の戦争
へと拡大していきました。
🔻「枢軸」という言葉の由来
「枢軸国」という呼び方は、
ローマ=ベルリン枢軸
という表現に由来します。
ムッソリーニが
「世界政治の中心(枢)となる軸(軸)は、ローマとベルリンの連携にある」
という意味で用いました。
のちに日本も加わり、
日独伊枢軸
という呼び方が一般化します。
◆ 補助線④:名前で見る第二次世界大戦
最後に「名前」に補助線を引いてみます。
・なぜ「世界」大戦と呼ぶのか
・なぜ「第二次」なのか
「世界」という言葉には、
・戦場が世界各地に広がった
・植民地が自動的に巻き込まれた
という事実が反映されています。
また「第二次」という言葉には、
一度目の世界大戦の「解決の失敗」という反省
が込められています。
◆ 結果:第二次世界大戦は世界をどう変えたのか
第二次世界大戦の結果、世界は劇的に変わりました。
・国際連合の設立
・アメリカとソ連の超大国化
・冷戦の始まり
・植民地支配の崩壊と独立の波
・ヨーロッパ中心の国際秩序の終焉
言い換えるなら、
第二次世界大戦は「現代世界の出発点」
でした。
◆ まとめ:補助線で見ると第二次世界大戦はこう見える
第二次世界大戦は、
・流れで見ると
→ 第一次世界大戦の続き
・因果関係で見ると
→ 背景原因+ポーランド侵攻という直接原因
・構造で見ると
→ 枢軸国 vs 連合国、体制の対立
・名前で見ると
→ 二度目の世界大戦という反省の言葉
という姿で理解できます。
暗記の歴史から、理解の歴史へ。
歴史に、補助線を。
それがレキシラボの学び方です。
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